泥酔探偵街を行く日記


01/3/21



 この年齢になってから、うっかり恥をかいてしまいがちなことのひとつに、漢字の読み書きがあります。例えば、東京都葛飾区の「葛」を、書き損じてしまったり。例えば、なぜか「雰囲気」を「ふいんき」と覚えてしまっていて、いまだにうまく「ふんいき」と発音できなかったり……。
 で、「山桜桃」。
 日本一古いとウワサの蔵元・須藤本家による、純米吟醸酒です。その名の通り、とってもよい香り。
 とまあ、その美味はともかく、「山桜桃」。読めなくて恥をかく、というようなこともないでしょうけど……最初に目にしたときは、やっぱり「?」でした。「サンオウトウ?」とか。
 ちなみに「山桜桃」のラベルには、漢字と重なるように、ひらがながデザインされています。ですから答は、酒屋で「山桜桃」を探してみて。ついでに味わってもみると、よいと思います。



01/4/18


ラベルはもちろん、
イエルマン氏自身によるもの。
なんでも「虹」をデザイン
したものだとか。
「Were Dreams,
now it is just wine!」
というワイン名も、
なんだかスゴイです。



 「一ノ蔵・無鑑査」という日本酒があります……有名な銘柄ですので、ご存知の方も多いと思いますけど。
 「無鑑査」の「鑑査」とは、国税局・酒類審議会で行われていた「級別審査」のこと。この審査に合格した日本酒は「特級」あるいは「一級」を名乗ることができますが、その代償として?「無鑑査」すなわち「二級」酒より、高い税金を納めなくてはなりません。
 よって。大手メーカーは宣伝広告に有利な「特級」の称号を入手し、高い税金は商品価格に上乗せ。一方で中小酒造所の「地酒」は、価格競争力の面からも高い税金を納めることままならず、「二級」に甘んずるしかありません。
 ところが、通常なら「特級」となるであろう高品質な日本酒を、あえて安価な「二級」として販売し、より大勢に味わってもらおう。そんなコンセプトをもって造られたのが、宮城県・一ノ蔵酒造の「無鑑査」でした。自ら「級別審査を通っていない」ことを誇り、商品名にまでしてしまったわけです。……なんだかとっても、アマノジャク。
 でも、今日のおいしい日本酒があるのは、そんなアマノジャクな行為をはじめとする、中小酒造所の努力のおかげ。そして、「級別審査」制度は平成4年に廃止されましたが、一ノ蔵酒造「無鑑査」は人気銘柄として、今も造られ続けているのです。
 ………とまぁ。長いマクラとなりました。
 さて、ワインの世界では、「産地統制」という考え方があります。なんというか……いわゆる「格付け」のこと、とでもいいますか。 例えばフランスのワインで、「ボルドー」を名乗ろうと思ったら、その生産地がボルドー地区だというだけではなく、ブドウの品種から醸造法まで、「ボルドー」銘柄として守るべき確固とした「基準」があるわけです。
 これはワインの品質を守るための、必要かつ有益なシステム。その点、今は亡き悪法「日本酒級別審査」と根本的に異なることは、いうまでもありませんが。
 しかし、そんなある意味では窮屈な「格付け」制度に従わなくたって、おいしいワインを造ることはできる……と考えたアマノジャクな人物が、イタリアにいました。
 彼は自らが信ずる理想のワインを目指し、新しい独自の製法を試みました。しかし、そうして出来上がったワインは、それがどんなに高品質なものであっても、残念ながら「格付け」の基準には合致しません。ですから彼のワインは「VdT」、つまりテーブルワインクラスとしてランクされてしまいます。
 ただ、逆に考えますと、彼のワインは、「格付け」ワインに課せられる数々の制限事項とは無縁です。ですから彼は、ワインに妻の名前をつけて売り出したり、あるいはラベルを自分でデザインしてみたり……と、なんだかとっても楽しそう。
 その彼というのが、シルビオ・イエルマン氏。イエルマン社のワインは、今や最高級の評価を受けているのだそうです。「格付け」は「VdT」のままですが。
 朽見行雄「イタリアワインの職人たち」(JTB刊)からの受け売りでした。同書は他にもユニークなエピソード満載、一読をお勧めします。



01/5/9



  自分の名前に近しい「何か」に親しみを覚えることって、ありますよね。例えば、自分と同姓あるいは同名のスポーツ選手を、ヒイキにしてみたりとか。
 しかも「谷豊」は、上も下もそれなりにポピュラーな名前。自然、そういう「何か」に出会う機会も増えてしまいます。昭和50年ごろ活躍した小結・豊山関など、大相撲自体にはそれほどの思い入れがなくとも、よく応援したものでした。タニノバルカローラ、なんていう競走馬もいましたっけ……。
 酒屋にたくさん並んだ日本酒から一本選ぶときにも、同じ理由で目を引かれることがあるわけです。「谷正宗」「谷桜」…… 「谷」という名字を持つものからすれば、冗談のような銘柄。思わず、手が伸びてしまうのでした。
 まだまだありそうな、日本酒の「谷豊」銘柄。随時、試してみたいと思います。



01/7/4



 人の結婚披露パーティの引き出物に、手ぬぐいをいただきました。その手ぬぐいを見ると、図1のごとき、なにやら不思議な記号が……。
 実はこれ、上から順に「鎌(かま)」「輪(わ)」「ぬ」、あわせて「かまわぬ」と読むのが正解とのこと。こういった意匠を、「判じ物」というのだそうです。江戸時代に流行したという、つまりは「なぞなぞ」ですね。
 ……踏まえまして。
 近所に、お気に入りのソバ屋があります。そこのスキンヘッドの主人が勧める日本酒の、ラベルに描かれていたのが図2。秋田の銘酒なのだそうですが、さて、なんと読むのでしょう?
 「山桜桃」の時のように、答えはぜひご自分で探してみて……と、書きたいところなのですが、なにぶん、入手困難との主人の自慢。そういうわけですので、正解はこちら



01/9/12



 日本酒は、歴史と伝統のある非常に保守的な製品のようでいながら、時に大変フレキシブルな面を見せることがあります。分かりやすい言葉を使うならば、いわゆる「企画モノ」のこと。
 例えば今年、小泉内閣発足に際しては、「純米大吟醸・純一郎」「純米酒・平蔵」「吟醸辛口・真紀子」なる銘柄の日本酒が発売されたそうです。「真紀子」が「辛口」というのも、分かりやす過ぎてどうかとも思いますが……。
 話は変わりまして。日立建機社のテレビCMを、ご覧になったことはありますか?
 ……焼肉屋で食事をする、建設会社の社長と部下二人。部下がノートパソコン片手に「社長、これからは建設業もキャルス(CALS・企業間電子商取引)ですわ!」 社長はキャルスを聞き違えて「カルビ一丁!」と店員に注文。部下が「IT革命の波がね…」と言えば、社長「カルビ、並ぃ!」 。
 部下、なんとか社長に話を分からせようと「いや、電子入札とかあるでしょう?」 社長「そんなんあるんか? ……電子入札一丁!」「あるか!!」 で、新型パワーショベル“eショベル・ZAXIS”の映像がカットイン。
 再び画面は焼肉屋。店員が「はい、お待ちどーさん」とテーブルに置いた一升瓶、ラベルにはなんと『電子入札』。「あるんかいな!?」というところで、オチ。
 あるわけのない「電子入札」なる銘柄の日本酒が、なぜか出てきてしまう。という面白さが狙いのCMなのですが……その「電子入札」、本当に実在するのだから、驚きです。
 ……なんて、驚くほどのこともありませんか。恐らくは日立建機社による、取引先などでの話題作りに役立てようとか、そんな意図で作られた「企画モノ」なのでしょうけど。「純米大吟醸・純一郎」なんかよりは、だいぶ気が利いていますよね。

追記 (03/10/8)
 真紀子氏はいろいろあって、今は内閣におられません。純一郎氏と平蔵氏は、まぁとりあえずがんばってはいますが……いずれにせよ「企画モノ」とかなんとかっていう雰囲気ではありませんね、昨今は。



01/10/3



 新潟県は、県立吉川高校。そこには全国で唯一の「醸造科」があり、学生が未来の「杜氏」目指して、酒造りを学んでいるのだそうです。さすがは酒どころ、「杜氏の里」吉川町と呼ばれるだけのことはあります。
 醸造科といっても、日本酒を造るばかりではありません。「微生物学」「食品化学」など、発酵食品に関する広範な知識と技術を学ぶ、スペシャリスト養成のための専門学科。卒業生は引く手あまた……との評判だったのですが。
 その「醸造科」の新規募集が、来春から停止されることとなりました。学生の普通科指向に加えて、近年の少子化……。
 なんというか、よく耳にする話ではあります。それを残念に思うのは、傍から見る人間のエゴなのかもしれません。
 本醸造「若泉」は、その吉川高校・醸造科の実習にて造られた日本酒。厳冬季、学生たちが泊まり込みで仕込んだものだそうです。



02/12/12



 桝一市村酒造場の純米酒樽仕込み「白金」。江戸時代から「桝一の酒」と美味を謳われ、明治初期の「全国日本酒番付表」でも上位にあったという、辛口の日本酒です。醸造法近代化の流れの中、いつしか失われた銘柄となっていたのですが……。
 その幻の銘酒が、50年ぶりに復活! 昔ながらの製法そのまま、木桶による山廃仕込み。今年分は、2001本の限定出荷だそうです。
 ……と、ここまでならまぁ多少は感心しても、驚くほどの話ではないでしょうけど。「白金」復活を実現させた人の名が「セーラ」と聞けば、「おや?」と思うのではないでしょうか?
 フルネームはセーラ・マリ・カミングス。外国人で女性。加えて金髪碧眼の美女とくれば、これはもう、俄然興味が湧いてこようというものです。
 日本通で、特に葛飾北斎に興味があったという、アメリカ生まれのセーラさん。長野オリンピック組織委員会のスタッフとして来日した際、北斎と縁のあった長野県小布施の桝一市村酒造場に、そのまま就職してしまったのだそうです。
 程なく、利き酒師の資格も取得。古い酒蔵を利用したレストラン「蔵部」の開設に、新商品の企画など、「台風娘」の異名を取るほどの大活躍。近年は廃業の危機すらささやかれていた桝一市村酒造場に活気をもたらし、業績を見事に立ち直らせた、まさにスーパーウーマンなのでした。
 それにしても、異国の地で奮闘する、セーラさんのご苦労はもちろんですが。受け入れ側の決断も、そりゃあよっぽどのことだったでしょう。なにしろ日本酒の蔵元といえば、伝統と慣習に彩られた、古くも排他的な世界。女性というだけでも合いそうにないのに、ましてや外国人……。
 しかし、新しいものが創造されるとしたら、そんな異文化のぶつかり合いから、かも知れませんね。
 ……などと、考えますと。新デザインのステンレスボトルに収められた「白金」には、よみがえった過去の銘酒、という以上の「なにか」があるような気がしてくるのです。


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